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ゆらゆら帝国解散にあてて

2010.04.14.Wed.23:50
『アルバム「空洞です」再聴、
それに見る「空洞です」発表に於ける
ゆらゆら帝国のそれ以前とその後』


空洞です


ゆらゆら帝国が2010年3月31日を以て解散した。

結成から解散に至るまでのその期間約21年。
こうして数字で表すと、バンドブーム最盛の時期から
2010年に至るまで実に長い期間活動を続けてきた。

「ゆらゆら帝国ファンの皆様、スタッフ関係者の皆様へ
突然ですが、ゆらゆら帝国は2010年3月31日をもちまして、
解散することになりました。
1989年2月の結成以来、21年間支えてくださったファンの皆様、
スタッフ関係者の皆様には、何と御礼を言っていいのか分かりません。
本当にありがとうございました。
メンバー一同、心より感謝いたします。」

以上は公式HPに出された坂本慎太郎(Vo&G)による
文章の冒頭部分である。
突然のことだった。
正式な発表が出されたのは解散の日の正午頃。
僕もネットでこの事実を知ったときは正直驚いたし、
実際にこの文章を読んでも実感が全く湧かなかった。

この噂をちらほら耳にしたのはその日の朝である。
こういったシークレットな情報はその前から漏れてきそうな
ものだがそれが無かった。
解散発表直後の各メディアでのニュースを見てもどこも
HPの坂本慎太郎のメッセージから抜粋した文章くらいしか
載っておらず本当に突然のことだったことが伺える。

「アルバム「空洞です」とその後のライブツアーで、
我々は、はっきりとバンドが過去最高に充実した状態、
完成度にあると感じました。この3人でしか表現できない
演奏と世界観に到達した、という実感と自負がありました。」

そのキャリア最高傑作と呼ばれるアルバム「空洞です」から
今回の解散に至った経緯を勝手にながら考察していきたいと思う。

全10曲。


「おはようまだやろう」
-ゆら帝には珍しくミドルテンポでの曲調。ギターの歪みは前作「Sweet Spot」でも聞かれる音だったが軽さが増し、バックに聴こえることで奥行きが出て、キーの高さもあり開放感がある。ギターの代わりにヴォーカルが前に出ているのが特徴で「聴かせる」感が大きい。繰り返される「おはようまだやろう」の声に伸びやかなサックスが絡まり、スイート。この音が「ゆら帝」によって紡ぎ出されているのがなんとも複雑。

「できない」
-タイトルからは想像が付かないダンスナンバー。読むだけだと歌詞全体からはネガティブさが伝わるが、それよりも「現在の状況・心持ち」をありのままに話すかのようで、坂本慎太郎の淡々とした歌い方もあり、切迫感の方が前に出ている感がする。「踊れるんだけど落ちていくみたいな感じ」を正に体現するかのよう。

「あえて抵抗しない」
-ライブでは「できない」からそのまま続く曲として配置されることが多い。こちらも歌詞はひたすらネガティブ。だが「どうにでもしてくれよ」感が「空き家」「くぼみ」で表現され、あからさまにネガティブを髣髴とさせる言葉をもちいてないので受け取る側はなんとも複雑な気分になる。聞けば聞くほどシュール。

「やさしい動物」
-今作の中で一番けだるい曲。けだるさ満載。←この一言ですべて表現できるくらいけだるい。歌詞はシュールさが増す。またこの曲のように「僕」「俺」のように一人称が無いのが今作に見られる顕著な特徴でもある。そのかわり、かどうかは解らないが状況説明のような文章の連なりが目立つ。最後まで聴くとかなり確実にけだるくなれる。

「まだ生きている」
-たとえ一人称が出てきてもネガティブなのが先述に続く今作の特徴。しかしこの歌詞は谷底で見る日の光とでも言ううような「諦観に根ざしたポジティビティ」が伺える。オールディーズを思わせる楽曲による演奏でそれまでの曲とはまた違ったシュールさを醸し出す。

「なんとなく夢を」
-パッと見だと一番明るくてポップな歌詞のように感じるのは他の9曲に挟まれているからでありそれは勘違いである。
状況説明による「(おそらく若いと思われる)ふたり」に何か虚無感と危うさを感じる。シリアスにもアイロニカルにも聴こえてしまう。ゆら帝がたどり付いた到達点のひとつだと思う。

「美しい」
-シングルで先に発売された曲である。そのアルバムバージョン。この曲から次アルバムの予想をした方も多いと思われる。「小学生が書いた歌詞か!?」とも思われるが「冗談なのか真面目なのかわからない」のが実は「空洞です」発売前に僕らに出された宿題だったのかもしれない。楽曲はここまでオールディーズ感が目立つ。同じ言葉の繰り返しという特徴も。

「学校へ行って来ます」
-今作では唯一と言っていいサイケナンバー。何か過激な言葉を使っているかといえば全くもって未使用である。学校へ行く・行く途中の「僕」が淡々と綴られる。「美しい」からギターのリフが全く変わっていない。実はこの曲が筆者が一番ポジティブを感じた。

「ひとりぼっちの人工衛星」
-楽曲的に一番ポジティブと言えばこれになる。のだが、歌詞に見るように人工衛星が人の心を持ったかのような言葉の連なりそして状況説明に一種のブルースというかヒーリングと言えるような作品に仕上がっている。一度「虚」を突かれると泣きそうにる可能性が大いにある。ほかの曲にも見られることだが、前作までに見られた沢山の種類の楽器の導入やエフェクター等の使用による音作りが見られずサックス・女性コーラス以外はバンド単体の演奏によるものがほとんどである。

「空洞です」
-アルバムタイトル曲。一曲目同様スィートな楽曲。10曲の中で唯一「こうしたい・こうして欲しい」といったような「欲」が表れている。そのせいかこの曲が一番生暖かさを感じる。「人間はとどのつまり空洞です」という一つの概念をゆら帝の世界観で奏でている。




もともと「空洞です」は前作「Sweet Spot」から約2年半の
スパンをおいて作られたアルバムである。

これ以下の会話形式の文章は以前のインタビューからの抜粋である。

「時間が経ってみると、まだまだやれるなと思って、
そこから『空洞です』に向かっていった」

聴いた当初は最初から最後まで曲調が余り変わらないという印象が強く残った。悪く言えば記憶に残らないということも可能性として在り得るが一度聞き込むととしっかり心に残る。それくらい濃い内容の一枚だ。最初から最後まで、それぞれの曲に個性はあるものの曲は常に一定のトーンが保たれ、全体は全く崩されることのない雰囲気に支配されている。「Sweet Spot」は個々の曲に聴かせるポイントがあり、大きな違いはそこである。

「本当にだらしな~い感じがやりたかったんです」

一定のトーンとはこの「なんともいえないだらしなさ」である。実際作られた楽曲と本人の言葉がこんなにも同じで説得力があるというのもなかなかあることじゃ無い。ここにゆら帝の凄さ、バンドとしての完成度の高さが伺える。

「Sweet Spot」のその以前から坂本慎太郎は四つ打ちの曲-いわゆるディスコ/ダンスナンバーやクラブミュージック、またソウルなどを沢山聞き込んでいた。2000年代に入ってから徐々に自身の楽曲にその要素が盛り込まれていく。シーンはいわゆる「ダンスロック」「ニューウェーブリヴァイバル」が時代を席巻していたが、それとは一歩距離を置く感じでゆら帝は独自の四つ打ち曲を展開し続けた。

「ゆらゆら帝国のしびれ・めまい」を経て、「Sweet Spot」に至ったときはサイケデリック・ロックの「ロック」がいい意味で抜けて、バンドの音と四つ打ちの音が見事に融和された。「Sweet Spot」から「空洞です」に至ったときは「サイケデリック」がいい意味で抜けた。なんと言うか「ジャンルとしての音楽のイメージ」がどんどん無くなっていった。四つ打ちのリズムはそのままに、最終的に残ったのはバンドがそれまでに体現してきた音楽の手法と培ってきた演奏力、紡ぎ出してきた音そのものである。余計なアレンジや楽器が使われなくなったのはそのためであろう。もはやそんなことをしなくてもいいレベルにまで達していた。どれもが「踊れる」ものであり、そこにゆら帝の解釈と実験的精神が加わり、製作された楽曲の数々は洗練され素晴らしかった。



「しかし、完成とはまた、終わりをも意味していたようです。」
「ゆらゆら帝国は完全に出来上がってしまったと感じました。」

「空洞です」発表後もツアー、海外でのライブなども行い、アルバム自身は各メディアで高い評価を受け、評論家を唸らせた。充実した生活だったはずだ。そのせいがあるかどうかは知らないが、ゆら帝は「空洞です」のその先を見つけられなかった。

「ゆらゆら帝国は、結成当初から「日本語の響きとビート感を活かした日本独自のロックを追求する」という変らぬコンセプトを基に活動を続けてきました。同時に、アルバムごとに過去のイメージを払拭し、更新し続けることを自らに課し、時にはバンド形態すらも壊すことによって、常に自分達の演奏に向かう新鮮な気持ちや、緊張感を保ってきました。」

もうずっと長くやっているバンドだし、次回作に時間がかかるのもこのバンドらしいと呑気に構えていたのもつかの間だった。そして自分を少し恥ずかしく思った。実際は、明確なコンセプトのもとあれだけの楽曲を作り、その上を目指すことにはかなりの気力・体力を要していたのだ。ゆら帝はずっとそうだったのだ。


ひとつ気になることはこれからの音楽活動だ。亀川さんはThe Stars、柴田さんはShigamと他のユニットを組んでいるが坂本さんにはそれが無い。DJも時々やっているが明確にこの活動を、というのが無いのが気がかりであるが、解散の発表以降本人達からは何の音沙汰も無いのが現状である。

解散発表の日にツイッター上で曽我部恵一氏がこんなつぶやきを残した。
「(解散は)正しい選択、だれも文句はないと思う。
 またやりたくなったら、やればいいさ」

氏はレーベル代表であり自身もバンドを組んでいる。今までに沢山のバンドを見てきたから言える言葉であろう。こんな筆者の文章よりよっぽど説得力がある。この文章にも正直救われている部分はある。

だがしかし「アルバムごとに過去のイメージを払拭し、更新し続けることを自らに課し、時にはバンド形態すらも壊すことによって、常に自分達の演奏に向かう新鮮な気持ちや、緊張感を保ってきた」バンドである。緊張感のない状態での再結成などは基本的には考えられないだろう。年齢を重ねてから「そろそろやるか」といったことがあり得る形態のバンドとは、上のコメントを見ても、それは到底僕には思えない。もし再結成するようなことがあったとしてもその時は全て書き下ろしの曲でまたステージの上に現れてほしいと思う。出来上がった曲も今とはかけ離れたイメージのものとなるだろう。いや、曲を生む苦しみはわかったつもりなんだけどね。その姿勢こそがゆら帝を新たなステップに導き、ゆら帝たらしめていたものであるからだ。


これほどまでにインパクトを残したバンドは二度と現われないだろう。いや、現われたとしても彼らの存在感はそう言わせるほど大きいものだった。まさに唯一無二だった。

「これからも音楽を続けて行く為の、発展的解散と捉えていただければ幸いです。
 最後にもう一度、
 皆様、今まで本当にありがとうございました!!!!!!!!!!!!!」

ゆらゆら帝国はきっちりとその落とし前をつけて解散を決定したのだった。

(おしまい)

出典・参考資料
 ・クイック・ジャパン vol.81 株式会社太田出版
http://www.ohtabooks.com/quickjapan/
・remix no.215 アウトバーン
http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/remix/
 ・「空洞です」/ゆらゆら帝国 ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ
    http://www.sme.co.jp/index2.html
 ・ゆらゆら帝国公式HP 
    http://www.yurayurateikoku.com/

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