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Negicco 「ティー・フォー・スリー」」 を聴いてみた

2016.05.28.Sat.22:56
前作「Rice & Snow」はいくつもの色が折り重なったカラフルな、
それでいてそれはビビッドの色合いではなくパステルカラーで彩られた、
様々な表情を見せた快作だった。

本作「ティー・フォー・スリー」はそのカラフルな前作から一転、
白と黒のモノトーンで構成された、シックな色合いになっている。
その白黒の夜の街、あるいはライブハウスの暗がりに
ときおり赤や青、緑といったライトがほのかに映る。
とても落ち着いた雰囲気であり、
しかし前回よりもテンションが落ちたかといえば全くそうではない、
素晴らしい作品に仕上がっている。

「ねぇバーディア」で高らかに始まった恋、
期待に胸とシャツが膨らむ5月の「RELISH」。
音楽は時として嫌なことを忘れさせる「マジックみたいなミュージック」であり、
恋の始まりから音楽が生まれる。「恋のシャナナナ」
そして疲れた心と体を温める癒しを曲とスープに込める「Good Niigt ねぎスープ」
「江南宵歌」は一人、旅に出た先の目に映る風景のよう。
揺れる灯りがそのまま心の揺らぎになって聴こえる。
またある人は、過去の思い出の場所にふいに訪れてしまう。
そこで肘をかける「カナールの窓辺」
窓を開けたら見つけた「虹」に、そしてまた流れる音楽に少しづつ自分を取り戻していく。
と思ったら行く手を阻むのは突然の知らせ。
文明の利器は失礼で節操がない。あんたも私の敵なのか。「SNSをぶっとばせ」
前にあの子から聞いた相談でしかなかったけど、自分にいまその悩みが襲う。
そして出した一つの答え「矛盾、はじめました。」
一週間が終わっても気分がふわふわと宙に舞う「土曜の夜は」
時計は午前二時。「おやすみ」と自分に言って眠れない夜。
心も体もいまだ揺れ動いたまま。いまはただ自分を支えるだけで精いっぱい。
未来に想いを馳せる。
そのとき自分はどうしているだろう、「私へ」。

聴いてみて思ったのは80年代末から90年代を思わせる曲調。
ミュージシャンやアイドルに至るまでEDMを取り入れる2010年代も後半に差し掛かったこのご時世に、
なかば時代を逆行するかのようなアレンジがとても特徴的だ。
そしてこの楽曲群が「ああ、Negiccoだなあ」思わせるくらい、はっきりとグループとしての色を作り上げた感がある。

だが、「恋のシャナナナ」これだけは時代が違う。
「GAME」時代のPerfumeから着想したのではないかという曲調になっている。
この圧倒的な90年代感からポッと2000年代後半にタイムスリップする。

また「SNSをぶっとばせ」はこの曲だけか?モノラルになっているのも気になった。
まるでカセットテープをカーステレオで聴いているかのような雰囲気。
ここもアルバムの90年代感を後押ししている。

アルバム全体を通して統一感が生まれているのと同時に、
意図してかしていないのかストーリー性が感じられるのも面白い。
「Rice & Snow」ではまるで一年を通して夏、秋、冬と、
過ぎ去っていく季節の移り変わりを目の当たりにするようだった。
しかし「ティー・フォー・スリー」は移り変わるのは、あるひとりの女性の心だ。
スポットが当たるのは異なった場所や季節によって綴られる思い出の1ページではなく
ひとりの主人公の周りで起こるドラマであり、等身大の女性の姿だ。
中心になっているものが前作では起こる出来事…「外面」だったが、
本作では人間の「内面」的心情にシフトしているのがポイントである。

ここまできて思い浮かんだ言葉は「大人の女性」だ。
しかしそこはまだいろんな経験を積んでいる最中の20代半ばくらいといったところだろうか。
そんな「大人の女性」に少しづつ近づいている彼女たち、Negiccoの3人を表しているとも言えるし、
彼女たちがこれを歌うから曲にリアリティが出ているともいえる。
この絶妙さ。
アルバムのタイトルを「Tea for three」としたのもそんなところからかもしれない。

また傑作が生まれてしまった。
そんなところ。









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