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映画 「ちはやふる 上の句」 を観た

2016.04.28.Thu.23:59
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ちはやふる 上の句。見てきました。
Perfumeさんが映画主題歌を担当しているので「うーんどうするかな」と思っていたところ
SNSで絶賛されてたのを見て、観てみることにしました。
そうしたらこれが予想外に面白い!
あまり期待をせずに臨んだのもあるけど、逆にそれがよかったのかもしれない。
もしまだ見ていない人がいれば、あんまり期待せずに観に行くのがいいだろう。
なんだったら割引サービスの日に観に行ったっていい。
楽しんで帰って来れるはず。

では、感想をば。
※以下の内容はネタバレと他の作品を交えた内容を含みます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

映画を見終えて浮かんだ言葉は「絶妙」の二文字である。
この"絶妙"さこそが「ちはやふる」という映画を良作たらしめる元となっていると確信した。
では一体なにがどう"絶妙"だったのか。

絶妙のキャスティング

まずキャスティングである。
漫画が原作の映画となると、どうしても原作キャラと実際に演じる俳優とのマッチングが重要になってくる。
このキャスティングをひとつ間違うと「原作とキャラが合っていない」「イメージと全然違う」などと
制作発表の時点でバッシングの嵐になってしまうことがよくあるのは周知のとおりだろう。
この「ちはやふる」も制作発表の際にミスマッチを指摘されたらしいが、
実際に本編を観てみるとそれを感じることはほとんどなかった。
なぜか。
それはビジュアルではなく「役にどの俳優の演技が合うか」を優先している点だ。
このキャスティングの"妙"が「ちはやふる」を語る上で大きなポイントとなっている。

まず主役の三人。
広瀬すずが演じる綾瀬千早は「美人」なのに「かるたバカ」であるという設定を上手く使っている。
今回筆者は初めて広瀬すずの出演作を見たのだが、この子は確かに紛れもなく美人だ。
その「紛れもなく美人」の役者が劇中でひとつのことにのめり込み、白目を向いて倒れる演技をするから
「美人なのにかるたバカ」という役に説得力が出る。
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見た目でああだこうだと言われてたみたいだが、
映画を観ている最中に違和感を感じることはなかった。
そしてその演技は監督にも絶賛されていたほどだ。
「ちはやふる」初日 「本物の女優が来た」と監督絶賛に大照れ

綾瀬千早の幼馴染みの真島太一を演じる野村周平も、
千早に振り回され、運のなさに付きまとわれる三枚目をよく演じていたと思う。
綿谷新役の真剣佑はまだ本編(上の句)にあまり出てないからまだわからないかな…。
ちはやふるのキャスト「野村周平」

ちはやふるのキャスト「真剣佑」
それでも見ての通り二人とも小顔で、ある程度の背丈もあるので、ここにおいて
「千早は背が低い」という設定をクリアしている。

「役にどの俳優の演技が合うか」を優先しているのは脇役も同じだ。
しかもそれにプラスして、ビジュアル面でのマッチングがさらに絶妙になる。
"肉まん"西田優征役の矢本悠馬はあの顔であのノリで、
大人計画に所属てしていることもあろう、「お調子者」を演じきっていた。
ちはやふるのキャスト「矢本悠馬」

"机くん"駒野勉役の森永悠希もキャリアの長さを生かして他の作品では演じたことなかった「オタク役」を
好演していた。
さらに大江奏役を演じる上白石萌音は演技もさることながら、そのビジュアルが"絶妙"。
「実家は呉服屋」「古典好き」という設定にあの"いかにも和風の日本人顔"を持ってきたのが素晴らしい。
また短い髪を後ろで二つにまとめたらまさしく「オタク」な風貌になったことも役との相性に拍車をかける。
上白石萌音は周防正行監督作『舞妓はレディ』の主演を務めたこともあり、納得の配役である。

そのほか北央学園競技かるた部のエース・須藤暁人役の清水尋也もまた絶妙だ。
須藤暁人の性格は「ドS」なのだが、清水尋也の顔立ちと目つき、風貌がいかにも
「ドS」を体現していて見事。
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ここも千早と同じで「役の設定をマッチングさせる」ことで観る人を納得させてしまう好例だ。

細かいところで言うと「これは!」と思ったのが子役である。
劇中、主役の三人の子供時代がの回想シーンで出てくるのだが、
その子供時代の三人がまさに「この三人の子供の時ってこんな感じだったんだろうな」と
思わず感じてしまうほどの配役だったのだ。
だいたいこういう回想シーンは、今現在の役と子供時代の役なんて顔が似ていないパターンがほとんどだ。
それは役者の演技の善し悪しとか事務所の兼ね合いとかでどうしてもそうなってしまうのだが、
「ちはやふる」では「子供時代を演じる子役」に至るまで徹底して配役にこだわっていたところに感動した。

また、若手俳優だけでなく大御所の役どころも見逃せない。
かるた部顧問の宮内妙子先生を演じる松田美由紀はバッチリのハマリ役。

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役者としての重鎮具合からすればもっと出番があっても良かったものを
劇中ではあまり出てこなかったというもったいなさ振り。
極めつけは主役三人のかるたの先生である原田秀雄役の國村隼だ。

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いや本当にこんな神主居そうだし
「いやあ、実はかるた歴40年なんです」と言われたら
「へええそうなんですかああ」とその言葉を無条件に信用してしまいそうだ。
多くの若手俳優がひしめく中で彼の演技が作品を引き締める。
映画の出演頻度やメディアの露出具合、世間の知名度も含めて、この配役こそまさに"絶妙"である。

そして



ちはやふるのキャスト「坂口涼太郎」

彼のムカつき具合、最高です。


絶妙な無理のなさ

"絶妙"といえばストーリーと展開においてもである。

まず物語の流れのテンポが良い。
これは「説明口調を用いていない」「ストーリーで昔のことの説明を省いている」点によるところが大きい。
単行本数冊に渡るストーリーと人間関係を、映画では正味2時間で一気に見せなければならない。
ゆえにどうしても説明口調が多くなったり「ここに至るまでの経緯」を示さなくてはいけなかったりする。
しかし「ちはやふる」では、それを無くす。
物語の要となる大事な部分のみの説明以外は一切省いたため、
展開に滞りがなく実にスムースに話が進んだ印象がある。
どこを切ってどこを残すかの取捨選択も良かったのかもしれない。
松田美由紀の出番をバッサリ切ったのも展開をスムースにするための一環だったのだろう。
結果「説明口調なんていらなかったんだ!」と思えるほどのテンポの良さを生んだ。

また、あらゆる説明やシーンをバシバシ削ったにもかかわらずストーリーに無理がない。
テンポを良くしようとするとその反面、「これ、こんなに上手く行くか?」的な
物語を急ぐあまりに話に無理や矛盾が生じてしまうリスクが出てくる。
しかしこのリスクもあっさり回避してしまった。
この理由はもう、どこを切ってどこを残すかの取捨選択が良かった、ということになるのだろうが、
もうひとつの理由はキャラクターたちが織り成すドラマにあるのではないかと思う。
あのエキセントリックなキャラたちが集まったからこそ、
普通ならありえないような展開ができあがり、
「このキャラクターならこの展開もありうるな」という、見る人への納得に繋がる。
「説明の排除」「展開のテンポの良さ」「無理のないストーリー構成」は
まさに"絶妙"である。


エキセントリックなキャラクター

その「エキセントリックなキャラクター」は、話が進んでいくうちに
すんなり自分の内に入っていったのも印象に残った。
漫画のキャラクターといえばインパクトを重視するためエキセントリックな設定である場合が多い。
「ちはやふる」も同じで、キャラクターの登場シーンでは
「あーあ、やっぱり漫画のキャラだなあ」という「こんなやつ実際にいねえよ」的な違和感があった。
しかしストーリーが進んで、キャラの詳細が徐々に明らかになるにつれて
みんな血の通った、親近感のあるキャラになった。
唯一、主人公である千早はエキセントリックなままであった(笑)が、
太一は主人公でないがゆえに話の「中心」になることが多かったし、運の無さに苦しんでいた。
机くんは人間味のなキャラかと思えば、一番人間臭い感情を露にした。
先述したとおり「エキセントリックなキャラクターに話を運ばせた」ことが
無理のないストーリー展開を生んだ要因かもしれない。

キャラクターの人間味とストーリー展開がマッチした見事なシーンといえば、
物語終盤、関東大会の決勝で千早たちの相手となった
北央学園のムカつく悪役ふたり、須藤とヒョロである。
例えると「ドラえもんのジャイアン」である"ザ・悪役"ドSの須藤は、
激闘の試合を終えて白目をむいた千早に驚き、「死んでる!!!」と叫び、
観る人の笑いを誘った。
太一と対戦した「スネ夫」のヒョロは最後にお手つきをしてしまったが、
彼は異議を立てることもなく負けを認め、悔し涙を流した。
悪役にお笑いシーンに持ってきたこと、思わず同情してしまうシーンに仕立てたことで
「悪役」から、彼らもまた「親近感のあるキャラ」になった。
また、大会で優勝したことに加えて物語において「悪役」がいなくなったことで、
見事に「この話がここで終わった」という意識を観客に植え付けることに成功した。
そして新の「あの一言」で次なる展開「下の句」へと、気持ちも新たにつながるのである。
ここでも、"絶妙"。


ちなみに筆者が誰の気持ちが一番分かるかといえば机くんです。

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広瀬すずはかわいい

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広瀬すずはかわいい。
これは事実である。
かわいいは正義だ。
三段論法にすると「広瀬すずは正義」になる。
広瀬すずは正義である。
こんなに間違いのない公式があるだろうか。
驚いたのは千早が競技に集中して目を「カッ」と開くシーン。
あの目の形が、まるで漫画に出てくるかのような絵に描いたような目だった。
目の形がもはや漫画レベルの美しさであり、
目の形だけで画が持ってしまう。
まさに「歩くかわいいは正義」と言って差し支えないだろう。

でも




kanata.png

僕は萌音ちゃんが好きです。


競技かるたはスポーツである

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競技かるたはほとんどの人がルールを知らないし、
「なんかこういうもの」くらいのイメージを持っているものだと思う。
自分もそうだった。
だが実際は文化系とは真逆の「体育会系」であるという衝撃の事実だ。
劇中でも「合宿」を行っているし、
大会の団体戦では「相手に誰をぶつけるか」といった、
かるたの技術とは別のところでの「頭脳戦」も必要になってくる。
自分を含め競技かるたを知らない人は誰もが驚いた点ではないだろうか。

「文化系ではなく体育会系」というところで思い出したのが
「幕が上がる」という映画である。
SL1500.jpg

「幕が上がる」は高校の演劇部を舞台にした青春映画で
原作は平田オリザ、脚本 喜安浩平、監督 本広克行で、
主演は今会えるアイドルでお馴染みのももいろクローバーZで話題にもなった。
僕が思い出したのは「高校をのとある部活動に青春をかける」という点でもそうだが、
この映画で演劇部の顧問の先生役を演じた黒木華の言葉だった。

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自身も学生時代に演劇部に所属していた彼女はいくつかのインタビューで
「演劇は文化系と思われてるけど、本当は全然違う」
「体育会系なんです。スポーツ、格闘技なんです」
と語っていた。
僕がフラッシュバックしたのは彼女の言葉であり、
「ちはやふる」は「幕が上がる」と同じで、
実は文化系と思われがちな体育会系の青春の物語だったという
事実と関連性だった。

ただ違いは「ちはやふる」は主人公三人の恋愛関係が物語に絡んでくるのに対し、
「幕が上がる」は恋愛的要素が無いところだ。
ここはももクロはアイドルだから…ということなのだろう。
映画作品とはいえ恋愛がらみはNGだと笑

この「幕が上がる」も青春映画としてすばらしい作品なので
興味の持った方はぜひ観て頂ければと思う。
アイドル映画と侮るなかれ。




EDにPefumeの主題歌

スタッフロールのエンディングにテクノポップユニット・Pefumeの新曲「FLASH」が流れる。
作曲したのはcapsuleの中田ヤスタカで、
これまでPerfumeのみならず映画・CMでいくつもタイアップの曲を作ってきた。
Perfumeだと森永乳業「Pino」のCMや映画「ドラえもんひみつ道具博物館(ミュージアム) 」、
きゃりーぱみゅぱみゅでは求人サイト「an」やコカ・コーラのCM、
三戸なつめでは米映画「ピクセル」の日本版エンディングテーマなど、
数多くのタイアップを手掛けてきた。

今回も中田ヤスタカ得意のタイアップの曲作りがいかんなく発揮されている。
「舞う落ち葉が 地に着くまでの
刹那的な速度に近くて
フレームは一瞬 ハイスピードで
一直線 光裂くように」

「火花のように FLASH 光る
最高のLightning Game
鳴らした音も置き去りにして」

「かざした手を弓矢に変えて」

など、劇中のまさにあっという間の勝負、
弓矢が飛ぶかのような鋭い腕の動き。
一瞬の攻防が「火花が散る」のを彷彿とさせるにふさわしい。
これが本編の映像の記憶と相まって、
「ちはやふる」にぴったりの曲になっている。

これが功を奏したのか、「FLASH」のMVも
映像作品としての出来の素晴らしさも手伝って
Youtubeでは異例の再生回数になっている。
「ちはやふる」を観た方はこちらもチェックしてみてはどうだろう。



以上が「ちはやふる」を観ての感想。
後ろのほうの項目、どのへんが"絶妙"だったの?
なんて思っちゃダメだゾ✩
4/29には続編「下の句」も公開されるので、
「上の句」を観た人にとってはいよいよといったところである。
邦画だから、とか、キャスティングがちょっと…
などと言わずに一度映画館に足を運んでみてはいかがだろうか。
きっと楽しんで帰ることができるはず。

コメント

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