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ブルーハーツ30周年によせて ~甲本ヒロト編~

2015.12.31.Thu.15:52
もう2015年も年の瀬を迎えてしまいましたが今年はザ・ブルーハーツの結成30周年だったそうな。

THE BLUE HEARTS 30周年 特設サイト

たとえば尾崎豊だったり、海外だとビートルズやニルヴァーナだったり
ブルーハーツもまた同様に、
アーティストの死後やバンドが解散してからもその後にCDが映像作品が発売されるという
一種のワーカホリックの類になっている。
(そしてビートルズは今年「1」のリマスターが出た)

死後や解散後に出る関連作品が売れるというのは
当時からのファンだったり時が経って年齢の若い新たなファンが増えたり
ちゃんと購入する層が存在するということだ。
特に古くからのファンというのは当時の強烈な衝撃を体験として持っている。
ブルーハーツに関しては大槻ケンヂも自分の著書でその衝撃を語っていたり
同業者の間にも影響が及んでいたりする。
それに触れてこなかった者には到底わからないが
それは素晴らしいものだったのだろう。
また若年層の新たなファンはその当時に生きてその体験することができなかった。
決して当時の体験を自分のものにすることなどできないが、少しでもそれに近づきたいといった思いから
やはり新譜が出れば購入するに至るということになる。

ブルーハーツのメンバーいえば言わずと知れた名コンビである。
ギターのマーシーこと真島昌利、
そしてボーカル…フロントマンの甲本ヒロトだ。

ヒロトといえば数々の名言とそのキャラクター。
ブルーハーツの残した数々の衝撃の中のひとつと言ってもいい。
ロックバンドのみならずミュージシャンはその時代時代にヒーローがいた。
ブルーハーツも同様、彼らは80年代~90年代を彩った時代の寵児であり
その名言とキャラクターから、ヒロトもまた同世代の若者や少年少女たちのヒーローであった。
そしてそれはまた、他の時代の寵児たちと同様に"作られた"ヒーロー像だった。
ブルーハーツの結成から既に30年、まさにヒーローだったことを示すような出来事がつい最近あった。
フジテレビ系列で放送された「ヨルタモリ」の甲本ヒロト出演回のことだ。



ブルーハーツの大ファンだった宮沢りえが収録中終始喜んでいた。
宮沢「私の青春そのものです。音楽の力って凄いって思ってます…(照)」という発言に対しヒロトは
僕はね、長いあいだ、そういう世間の過大評価に悩まされ続けているんです
と言った。

またバンドマンの青春を描いた漫画「BECK」の作者・ハロルド作石との2002年の対談時にはこんなことを言っていた。

作石「今回ヒロトさんと対談させていもらいましたけどすごいですね、言葉が刺さるみたいで」
甲本「ガッカリしたか?最近、人をガッカリさせることに夢中なんだけど」 


この時はさすがのヒロト節全開で、
それまでに多くの人がヒロトに憧れを抱いて会いに来て、実際を目の当たりにして
失望して去っていくというようなことがたくさんあったのだろう。
当時まもなく40歳になろうとしていたが、その状況を楽しんでいるフシがあった。
だがヨルタモリの出演時、52歳となったヒロトがタモリという安心できる人間が傍にいたとはいえ、
テレビというメディアで「過大評価に悩まされ続けているんです」と普通の言葉で言ったことには
「ヒロト大人になったなぁ」と思うばかりだった。

先述の事例を見るとヒーロー視されることが特に深刻な事態ではないように感じられるがそうではなかった。
2006年某ファッション誌にてまた別のインタビュー。

(ブルーハーツ時代について)
甲本「怖くなって外にも出られなくなって。昼間から酒飲んじゃったりして」
 -それはアルコホリックだったってこと?
甲本「違うって言ってたけど、抜けたことなかったし。僕は聖人-セイントになろうとしていた。"誰もお前のことなんか見てねえよ"って思えるようになってからすごく楽になった。スーパーの試食コーナーで普通にひょいひょい取れるようになったし(笑)」


えっとすいません、上記は元記事が手元にないので憶えている限りです…
たしか今井智子さんの記事だったと思う。
こういうのを読んで知ったりすると、
自分より年上のオジさんたちが「これが俺たちの青春だ」と言わんばかりにキャッキャしているのを見ても
一緒になってリマスターやリイシューの発表を楽しめなかったり、
本人の前で素直に"ブルーハーツのファンです"と言うことに違和感を覚えたりするのだった。
本当はそんなんじゃねえのになあ」と。

改めて、30周年ベスト・トリビュートアルバムが出るということは
そのアーティストは当時相当のインパクトを与えたごくひと握りの存在であり、
沢山のファンと業界内に沢山のフォロワーがいるということの証左である。
しかしながらこのバンドはブルーハーツであり
甲本ヒロトと真島昌利がいた。
彼らは10年続いたブルーハーツの解散後にハイロウズを結成する。
バンドの解散後、メンバーが過去の曲を歌うということはよくあることなのだが
彼らは「リンダリンダ」や「人にやさしく」を歌うことは一切なかった。
「やさしさロック」から"いま・ここ"を楽しむ「バカロック」になった。
それからさらに10年、ハイロウズの無期限活動休止後にザ・クロマニヨンズを結成した。
そこでもまたハイロウズの曲を歌ったことは今までに一度もない。
常に前を向く彼らは10年ごとにバンドを更新し過去を刷新してきた。

「100分の1でも信じて欲しい」だったのが「ズボンにちょっとさわればわかる」になり、
「ジャングルからツンドラまでマンハッタンより安い値で競り落とす」男は10年後、
「俺のチンパンジーさで幸せになれ 誰よりも俺」と歌う。
「人にやさしく」していたのが20年後、「土星にやさしく」するようになった。
"やり尽くした"と思ったら即座にそれを辞めて、過去の栄光にもしがらみにも囚われない。
向いているのは今日であり明日なのだ。

来年ザ・クロマニヨンズは結成10年を迎える。
このバンドがどうなるか、
メジャーデビューから30周年を迎えて思うところは名曲に浸ることよりも、
ヒロトがどうなっていくかだ。
そこに悲壮感はない。
ただ「次は何をやってくれるのだろう」というワクワクだけなのだ。


引用:講談社「BECK」0巻
   別冊宝島 音楽誌が書かないJポップ批評(41) ブルーハーツ/ハイロウズ ヒロトとマーシーの20年





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