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2010.03.31

2014.03.31.Mon.23:26
ゆらゆら帝国の解散から今日で4年が経った。


2005年に発表した「SweetSpot」。

彼らが本格的に四つ打ちを意識して作った「ソフトに死んでいる」を収録したこのアルバムは、

当時、坂本慎太郎が意識・傾倒していたダンスミュージックやスウィート・ソウルを

元々持っていたバンドサウンドを通じて、

サイケデリック - ノイズを信条としてきたこのバンドの中に潜在する

気だるさ、諦観、そして可愛らしさといった個性を残しつつ

その姿を現した楽曲群の結晶体とでもいうような作品である。

聴いてみると、まるで夜の街の、

点々と灯りが点るだけの暗がりに

自身が溶け込んでいくような錯覚に陥っていく。

もしかすると、四つ打ちやソウルを彼らなりに体現しようとした結果、

先述のバンドの持つ個性が前に押し出されたのかもしれない。


そして坂本慎太郎曰く

「背後に回りこんで後ろからキンタマを握って勝つ」ようなコンセプトのもと

作り上げられた次作「空洞です」は、

前作「Sweet Spot」で得られた制作方法をフィードバックしつつ、

さらにその方向を突き進んだ名盤ともいうべき傑作に仕上がっている。

だが突き進んでいった結果、耳にした各々が楽曲を通じて描く心象はそれとは別のものになった。


「Sweet Spot」は「ロボット」や「タコ」のような人間ではない何かにトリップし、

意識は朧げとなり闇と自身が同化していくようなものであるのに対し、

「空洞です」は、「僕」は「できない」「抵抗しない」と言いながら、

それでも「僕」は「まだ生きている」と認識し、

「美しい」という感情を抱き、

「学校へ行ってきます」と部屋の扉を開けようとする。

自身を「空洞です」と言いながら、

はっきりと意識を持った生身の人間を髣髴とさせる。

1曲目に「おはよう」とつぶやいて流れる甘いサックスの違和感は、

アルバムを一巡して戻ってきたとき、

柔らかな安堵として迎えられる。


前作では広がっていくイメージは、ただただ真っ暗な「夜」そのものであったものが、

次作では誰もが眠りに落ちた静けさ、或いは夜な夜な打ち鳴らされる音楽の騒々しさを越えて、

ネガティブであったものがポジティブに

ゆっくりと明けていく「朝」のイメージへと変わっている。


「Sweet Spot」を越えて「空洞です」に辿り付いたとき、

それを聴いたリスナーである僕らは

その興奮を体感し、その素晴らしさがこれからも続くものだと思っていた。

だがしかし、その傑作をラストアルバムとして、バンドは解散した。

『「空洞です」以上のものを、それを作り上げた以上のモチベーションを

保つことが出来なかった』という

解散にあてた彼らのコメントは、

その楽曲の素晴らしさとアルバムの完成度の高さ、

張り詰めた空気とくらくらと酔うようなサイケデリックを行き来する

その唯一無二のライブの熱狂が、

皮肉にもそれを裏付けるかのように、

一点の偽りも無いと納得させるに十分なほど

メンバーの気持ちそのもの表していた。

こうなるであろうことを、バンド自身も想像をしていなかっただろう。

このとき彼らは、「まだやろう」と言っている。





Sweet SpotSweet Spot
(2005/05/18)
ゆらゆら帝国

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空洞です空洞です
(2007/10/10)
ゆらゆら帝国

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東日本大震災から僕たちは特に何も学んでこなかった

2014.03.13.Thu.23:13
このブログ、真面目なことを語るようなやつじゃないんですけど、
今回はイレギュラー中のイレギュラーな内容です。



2011年3月11日から3年が経った。

忌まわしい出来事であったが、
震災・津波瓦礫の処理が進んだりと
福島では進捗が思うように行っていないところもあるが、
震災の爪あとが少しずつ浅くなっていくのは喜ばしいことである。

線量 自然減衰効果で半減 残る高線量地帯、除染は限定的 - 朝日新聞デジタル
http://t.asahi.com/e6ew
東日本大震災から3年 福島県のがれき処理は68%にとどまる(フジテレビ系(FNN)) - Y!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20140311-00000536-fnn-soci

自分は生まれてから高校卒業までを福島県で過ごしてきた。
現在は東海地方某所に住んでいる。
震災と原発事故が起きて以降も両親と兄夫婦、親戚や友人が県内で暮らしている。
震災から数日は実家と連絡が取れず気が気ではなかった。
地震が起きたときは会社で仕事をしていた。
揺れが収まった直後に事態を確認して正直血の気が引いた。
どうするべきか、考えてもいい方法が浮かばない。
「福島は大丈夫?」と会社の人に聞かれ「大丈夫ですよ」と平静を装った返事をしたが
実際は動悸が止まらなかった。
連絡が取れて以降も事故を起こした原発の状況は予断を許さず、
その後も数ヶ月は緊張と不安を抱えながら生活をしていた。
この震災と一連の事故は実際の被害の無かった自分にとっても
痛々しい記憶を植えつけられた大きな出来事だった。

そんな日から3年経った2014年3月11日に
Yahoo!がこんな企画を出した。

3.11、検索は応援になる。-Help tohoku. Search "3.11".
http://promo.search.yahoo.co.jp/searchfor311/

なんでも2014年3月11日にYahoo!検索で「3.11」と検索すると、
1人につき10円をヤフーが代わって寄付する というもの。
結果この1日で2500万円を越える金額が集まったらしい。
1人につき1クリックしたとして、ゆうに250万人がこの企画に参加したことになる。

3月11日、256万8325人が「3.11」と検索×10円=2568万3250円をヤフーが代わりに寄付 -INTERNET Watch
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20140312_639274.html

3.11と検索するとfacebookやTwitterで"検索しました・企画に参加しましたよ"とシェアされる。
実際に僕のTLでもこのツイートがちょこちょこと流れてきた。

で、この企画を知って、流れるツイートを見て思った。
募金はもう、正直要らないです。

なんかこの企画とこれを使ってる人がたくさん居てうわーってなったわけですよ。
Yahoo!はしてやったりだなぁと思っちゃったわけ。
ここでは1検索につき10円募金される仕組みだけど、
僕の話をしますとね、
僕はこの東日本大震災の義捐金として10万円を募金してるんですね。

震災当時、被災地で不足してるモノの情報が錯綜してて、
救援物資として何が本当に必要かわからなかったので、
とりあえず救援活動やモノに関してはプロに任せようと。
そう思い立って募金してきました。

「たった10万円ぽっちかよwwww」と思われるかもしれない。
確認はしてないけど、個人で100万とかの額を寄付した人もいるでしょう。
大企業ともなればウン千万、ウン億だ。桁が違う。
でもね、1人暮らしの独り身としては10万ていったら食費二ヶ月ぶんですよ。
結構な大金だ。
それとその10万円、
震災の数ヶ月前に亡くなったうちの祖母が自分たち孫兄弟のために残してくれた
積立金なんですね。
自分は自分が働き始めてから「他人の施しは受けねえ!」いうややめんどくさいスタンスを持ってて、
いただいたのはありがたいのだが正直貰って「う~ん」と思って使わずにそのまま貯金してあったのだ。
全額10万以上はあっのだが、チキンなのでそのうちの何割かを。
これはこういうときに使うもんだろうと思って、震災が起きて1ヶ月後かな、
日本赤十字の東日本大震災専用の振込先へ「え~い」っつってATMにぶち込んできました。

「手前のナルシスト話かよ」って言うかも知れないけど、そういう話じゃないっす。
ある程度の額のお金を突っ込むとスッキリするんですね。
大金をいっぺんに使って快感♡みたいなストレス発散ももしかするとあるかもしんないけど、
大金を振り込むことで「俺はやるべきことをやった!」と頭がスッキリして、
震災の問題に対して気持ち的に一つ先のステップに進める
んですね。
地震や津波の被害に遭った人に対して、誰でも多かれ少なかれ「どうにかしてあげたい」という気持ちはあると思う。
その悶々とした気持ちに区切りをつけることが出来る。
決着をつけることで自分の中にある震災のあらゆる問題のひとつが解決することになる。
それによって、震災のほかの問題に目をやることができる。
これは、10万を寄付した自分が実際にそうだったから言えること。

震災以降、企業の中には「Twitterで毎日1ツイートごとに1円募金できる」という企画をやっているところがあって、
実際にそれを使ってる人がフォロワーさんの中にも居たんですが、
自分的に「それは長くは続かないだろうな」と。
1日1回なんて、どこかで1度サボればやらなくなってしまう。そういうもんだろう。
しかもツイートするたびにフォロワーさんに「わ、自分もやんなきゃいけないのかな…」と思わせてしまう。
同調圧力なんか意識しなくてもいいのに、そこは日本人で、どうしてもそう感じてしまう。
「たった1円だって、気持ちのこもった大事なお金だ!」それはその通り。
しかしそれは募金した人の独りよがりになる可能性もある。
1円1円ちまちまと募金しても、悶々とした気持ちは晴れないだろう。
「自分に出来ることはこれくらい」という毎日の繰り返しで、
そこから出て来れずに気持ちも思考も止まってしまう。
ここで大事なことは、ある程度の額を寄付することによって、
第三者である寄付者が気持ちも前向きに、
思考も次のステップに進めるということなのだ。

もうひとつ、"募金要らない"に対して、僕の親戚の話。
自分が募金をするまでにウダウダ考えている間に、僕のイトコは被災地に行っていた。
イトコというのがなかなかアグレッシヴな人でして、
芸能人の中にも、ほら、車に物資を詰め込んで被災地に届けに行ったっていう人が何人か居たじゃない?
その人たちと同じことをしてたんですね。

ライフラインが途絶えた。あれが、これが足りない。
或いは着のみ着のまま避難してきたから、何も持っていない。
地震があったあと、被災した地元の友人と連絡を取ったイトコは
水やらガソリンやら現地で不足しているものを車に乗せて急遽福島へ飛ばしていった。

地元に着いて、友人たちと会った場所は避難先となった学校の体育館だった。
そこでは自衛隊の方たちが救援物資や食料を避難してきた人々に分配していた。
しかし、同じ体育館に避難してきた人で、物資をもらえる人ともらえない人がいることに気付く。
見かねてイトコが自衛隊員に訊いた。「なんであっちの人には物を配らないんだ」
隊員「物資を分けることはできない」
「なんでだ」
あっちの人とこっちの人では住んでいる地域が違う。
 別の市町村に住む人に、物資を分けることはできない

救援物資や寄付金は市町村ごとの各自治体でどこにどれ集めてどう分配するかが決められており、
避難先が同じといえ、みな平等に物資をもらえるわけではない
のだという。
震災から約1年後、親戚一同がようやくそろった際に、
イトコは憤慨しながらそのことを語った。

今でさえ、被災地においてお金は足りてないところがあるし、
募金活動もいろんなところで進められてはいる。
だが、いざ物資を届けるとなって、
そういった縦割りの行政が物資の分配における障壁となれば、
解決しなければならない問題はそれなのだ。
集められた寄付金が十分に被災者のもとに届かなかったり、復興以外の別のところに流用されていたりしたニュースがあったこともご存知だろう。
例え緊急時でなくとも、いくらお金が、物資が集められても、
届けられるところにちゃんと届いていなければ意味が無い。

なぜこれ以上の募金が要らないか。
3年経ったいま大事なのはお金を募金という形で集めることではないからだ。
議題に上げられるべき問題は別のところにある。

「そんなの言ってくれなきゃわかんないじゃん」
うん、ごもっとも。
メディアじゃなくても、
個人がブログとかツイッターでもっとその土地の現状を発信してくれればいいんだけど、
それをやろうとしないのもある。
情報を、思いを外に伝えようという意識が希薄なんですね。地元の人間は。
それが東北人…もっというと福島県民の悪い点だと思ってはいるのだが…。

これらとは別として、自分個人が"募金要らない"と思っている点を。

被災地に住んでいる人は誰か。
義捐金を送った人?
違う。
住む場所を追われた、もともとそこで暮らしていた人たちだ。
復興というのはそこに住む人たちが自分自身の手で行うべきものなのだ。
もちろん、自分たちでどうにもならない部分は他に頼らざるを得ないし、そうしていい。
しかしそれは、あくまで自分たちでやるだけのことはやって、ここが限界だと分かってからの行動だ。
人というのは貰えるものは貰おうというもので、
いつまでも「お金が足りません」「私たちに恵んでください。プリーズ」では
自立ができないままだ。
あなたは、誰かに言われてそこに住んでいるのか?
いいや、自分で選択してそこに住んでいるのだ。
誰かの手に全て頼ってるようでは、それで豊かになったとしても、本当の意味での復興にはならない。
住んでいる地域を盛り上げる、活性化させるのは他でもないその土地に住む人たちなのだ。

つまり、これ以上の募金は「甘え」になる、と。
「それはいくらなんでも厳しい」「お前は被災地の現場を見たことがあるのか」
色々言われると思う。
だが、被災地が今までに、十分とは言えないかもしれないが、たくさんの物資やお金を貰ったことは確かだ。
ともすれば「募金してあげよう」は寄付者の自己満足になりかねない。
そして、先述したように、復興のために解決すべき問題は別のところにある。
その問題ですら、実際に取り組むのは、そこに住む人たちでなのである。
だって、寄付した人がそこに住まうわけじゃないんだからね。

こう見てみると、募金というのは
俺はやるべきことはやった。だから後はおまえ達が頑張れ」というスタンスが
一番理想的であるように思う。
海外でもインドネシアの地震・津波やフィリピンの台風の被害などに募金し終わった後は
それに特に気に留める人もあまり居ないだろう。
それでいいと思う。
本来、手助けというのは「在り難い」ものなのだから。
困ったときはお互い様。
だが被災地に住まう人たちは募金した自分たちではなくそこで生活を営んでいた人たちなのだ。
当たり前のことを言っているが、それが大事なところだ。
与えられる側も与える側も、恩義にかまけてはいけないのではないだろうか。

東日本大震災の募金は3年で打ち切るというようなことをどこかで聞いた気がしたのだが、
日本赤十字では募金活動を継続して行うらしい。

日本赤十字社からのお知らせ
【東日本大震災義援金】引続き岩手県・宮城県・福島県・茨城県の被災者にお届けします
http://www.jrc.or.jp/oshirase/l3/Vcms3_00004414.html

3.11の募金活動から僕が見たのは、
被災地以外のみんながこの3年間いかに見ず、考えてこなかったかということだった。

"あの日を忘れない" 憶えていたから、何?

震災以来の3.11が三度過ぎて
そう思った次第。


もし「それでも自分は被災地のために何か手助けしてあげたい」。
そう思っている人がいたら、
農作物でも工業品でもその土地の特産物を買ったり、
実際に被災地に観光に行って、
現地にお金を落としてやってくれ。
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